2017年1月17日火曜日

“コミュニティが主体”っておとぎ話なの?

以前、コミュニティーが主体“じゃない”事例を書籍「途上国の人々との話し方」から紹介しました。
世界には山のように沢山プロジェクトがあるけど、じゃあ一体コミュニティーが主体のプロジェクトってどんなプロジェクトなの?と、分からなくなってきてしまいます。
スーパーヒーローを呼んで敵を倒してもらうことは“コミュニティが主体”とはいえない…
じゃあ、スーパーヒーローを呼んで戦い方を教えてもらうのはどうだろう。
そうするとまずスーパーヒーローの「我流・戦い方プレゼンテーション」が始まり、ああしろこうしろと村人たちは言われるがままに敵を倒していく。
なんだかコミュニティーの「お客さん感」が拭えない。

…そもそもこの世にコミュニティーが主体のプロジェクトなんて存在するの?

安心してください、存在します。
おとぎ話ではありませんでした。
ここからムラのミライが2007年から行ってきたプロジェクトについて紹介したいと思います。

荒廃がすすんだ森林、土、限られた水といった自然資源を守り、活用していくことは農村で暮らし続けていくためのいちばんの基礎となります。
ムラのミライは、個々の村人ではなく村全体で、こうした自然資源を有効利用(マネジメント)できるよう、さまざまな技術支援として、村の人たちが、自分たちの森や水資源を自分たちで再生し、守っていくために必要な研修や土木作業をおこなってきました。

その活動のプロジェクト通信“インド「水・森・土・人 よもやま通信 第2部」”に掲載されている一部抜粋です。



最終評価当日、ブータラグダ村を訪れるスタッフたちとJICAチーム、この時期に合わせてネパールから和田さんもやってきた。
村人たちが準備した会場には、砂で作ったブータラグダ村の流域のミニチュアと、村でとれる作物やSRIの稲のモデルが展示されている。
JICAチームや和田さんたちに用意された歓迎の花の首飾りには、2009年に植林した木が咲かせた花が使われ、濃厚な香りを放っている。
この地で「サンパンギ」と呼ばれるインド原産の木だ。
劇の準備だけでも大変だっただろうに、自分たちで工夫しながら会場を設営して、スタッフとJICAチーム、そして他の村の人に、これまでの活動を伝えようとするブータラグダ村の人たちがより一層頼もしく感じられた。


音声のチェックを終えて、会場の準備は整った。
隣のパンドラマヌグダ村とバルダグダ村から、そして車で2時間も離れたポガダヴァリ村とアナンタギリ村から、招待された村人たちがぞろりぞろりと集まって来る。
それに合わせて準備に携わっていないブータラグダ村の村人たちも会場にやってくる。
『これから何が起きるんだろう?』と、ワクワクしながら、お父ちゃん、お母ちゃんが働く姿を見つめる村の子どもたち。
立派に会場を仕切る息子たちを静かに見守る村のおじいちゃん、おばちゃんたち。
会場が一杯になった。
アナンドがマイクを握る。
彼は流域管理の指導員として、村のリーダーの一人として、流域管理の活動を引っ張ってきた。
ムラのミライとソムニード・インディアのそれぞれの代表格和田さんとラマさん、2007年からずっとB村に寄り添い研修を行ってきたキョーコさんとラマラジュさん、他のスタッフたち、JICAチーム、招待された他の村の人たち、それぞれの紹介を終えて、いよいよブータラグダ村の軌跡の発表が始まる。


...そう、始まりは2007年、ムラのミライ、ソムニード・インディアとブータラグダ村との出会い。
最初は、流域なんて言葉も知らなかった。
でも研修を受けて、自分たちの流域のことを知った。
自分たちの村にある資源を知った。
物図鑑を作って、計画づくりのやり方を学んで、石垣をつくって、植林をして、今度はそれを村のみんなでメンテナンスできるような仕組みをつくって、、、
少しずつ自分たちの森のことを知って、それを守り、今度は農業に活かすための実践を続けてきた。
そして、自分たちが習得した技術を隣の村にも教えるようになった。
今では、自分たちで流域管理の計画を立て、それを実践できるようになった。
今では、乾季でも村で水が手に入るようになった。
今では、農業の計画を立てて、小さな土地を有効活用して、より多くの、多種類の作物がとれるようになった。
今では、化学肥料に頼らなくても、ミミズや牛糞や葉っぱを利用して、土に栄養を与える方法を知った。
毎月各世帯から貯金を募り、今では村の中でお金の貸し借りが出来るようになった。
そして、今では「安全な水と土で安全な野菜を作り出す村、そして高利貸しなど外部からの融資に頼らなくても自活していける村」という目標を立てて、それを達成するため2020年までの計画を立て、実行している。
誰かが『あーしろ、こーしろ』と、指示したわけじゃない。
この全ては、ブータラグダ村の人たちが自分たちの意思で続けてきたこと。
自分たちの意思だから、8年間、ずっとこの活動を続けてこられた。
ブータラグダ村の軌跡の発表が終わると、会場からは拍手が巻き起こった。
司会をしていたアナンドがブータラグダ村のみんなを呼び寄せた。
子どもたちも、若者たちも、お母ちゃんも、お父ちゃんも、おじいちゃんも、おばあちゃんも、『これがオラたちのブータラグダ村』だと言わんばかりに、その嬉しそうな顔には、自分たちの村を誇る自信が感じられた。
素晴らしい発表に筆者も感動した。
そしてなによりも、この日のために村で計画をして、準備をして、私たちスタッフや他の村の人たちを招待して、この大きな催しを成功させたことがブータラグダ村の成長を物語っているような気がした。
ブータラグダ村だけが特別だったわけじゃない。
ただ、一つ一つの研修を積み重ねて、村のみんなで考えて、村のみんなで計画し、村のみんなで実践をしてきたから、いまのブータラグダ村がある。


他の村人たちは、このブータラグダ村の軌跡を聞いて、何を思ったのだろうか?
司会のアナンドが、他の村人たちにコメントを求める。
同じ2007年から流域管理を続けてきたポガダヴァリ村のチャンドラヤは、
「オラたちも、流域について学んで、植林をして、石垣をつくって、農業のことを学んで、、、」
と、自分たちの活動もアピールするように身振り手振りで話しだした。
ブータラグダ村の発表に触発されたのか、前日にJICAチームがポガダヴァリ村を訪問したときよりも、もっと威勢がいい。
同じく前日にJICAチームが訪問したときは、恥ずかしがる表情を見せていたアナンタギリ村のクリシュナも、今日は堂々と話している。
パンドラマヌグダ村とバルダグダ村は、ブータラグダ村の指導員から流域管理について学んできた。指導員たちから学び、実践してきたことを振返って、
「自分たちもこの流域管理の活動を続けて、ブータラグダ村のようになりたい。」と抱負を語った。
ブータラグダ村の発表は、ブータラグダ村の人たちだけでなく、他の村の人たちにとっても、自分たちの活動を振返り、評価する機会になったのだった。
そして、その振返りをもとに、これからの村づくりを考えるとき、他の村にとって、ブータラグダ村は一つの道しるべになる。
2007年に始まった流域管理プロジェクト。
2015年8月31日で、2011年9月から始まった草の根事業(第2フェーズ)は終わりを迎える。
そのため、今回JICAチームを迎えて行った。
でも、ブータラグダ村の村づくりの活動のなかでは、これはきっと通過点にしか過ぎない。
このプロジェクトで学んだことを活かし続けながら、お互いに新たに学び続けながら、そしてその学びを、流域を共有する他の村の仲間たちに伝えながら、ブータラグダ村の村づくりは続いていく。

よもやま通信第22号「奇跡じゃない、これがオラたちの軌跡」(2015年8月17日発行)



ムラのミライのプロジェクトでは、ムラのミライからスーパーヒーローが送り込まれ、共に活動を続ける村人たちの中から、若きスーパーヒーローたちが誕生しました。
プロジェクトが終わった後も、ムラのミライと共に敵を倒す方法を自分たちでしっかり考え、身につけた彼らが中心となって敵から村を守っていく。
そしてその方法を周辺の村、世界へと広めていく。
これが本当の“コミュニティーが主体の村づくり”なんだなと、ムラのミライ修行も残り2日となった今、実感するインターンの三谷でした。



(ムラのミライ 関西事務所インターン 三谷遥来




→活動の道のりが見えるプロジェクト通信インド編
水・森・土・人 よもやま通信 第2部

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2017年1月10日火曜日

コミュニティーが主体“じゃない”ってどういう状態?

国際協力の世界で良く耳にする「住民主体」や「参加型コミュニティー開発」。
しかし「コミュニティーが主体」とはどういう状態でしょうか。
今回はコミュニティーの人々が主体“じゃない”事例も含めて、コミュニティーの成員が主体的な活動となっているかどうかどうか、簡単に見極める方法を「途上国の人々との話し方」から紹介したいと思います。


ところで、このようなことを職業的に訓練しなくとも、果たして検証すべきコミュニティー開発プロジェクトが、コミュニティーの成員の主体的な活動となっているかどうかどうか、簡単に見極める方法がある。
それは、現場を訪れた時、そのプロジェクトを説明するのが、誰かということで分かる。
もし、プロジェクトを外部者が、例えば、政府機関の職員であろうが、NGOのスタッフであろうが、説明を始めれば、そのプロジェクトはまず100%近くの確率で、コミュニティーは「お客さん」であり、「参加型」とは形ばかりで、外部者が仕切るものである。
その場合、コミュニティーの成員に話を聞けば、外部者が語ったのと同じ内容をおうむ返しのように語るだけだ。

反対に、外部者が説明せずコミュニティーの成員に説明を任せれば、たとえそれがどれだけたどたどしいものであろうと、まず間違いなく活動の主体はコミュニティーの成員である。
しかも、そのようなときは、外部者にとって貴重な学習の機会となる。
すなわち、自らのファシリテーションによってコミュニティーの成員が何をどのように理解し、行い、あるいは行おうとしているかが点検できるからである。
中田が、2000年に私とラオスに訪れた際の、JICAのプロジェクトのリーダーが、プロジェクト対象地の農民に話をさせ、自分は黙って聞いていたがゆえにできたことであった。


(2000年に私とラオスに訪れた際)「途上国の人々との話し方」p18の引用
ビエンチャン近くのある農村で、ラオス政府の森林局は、日本政府の援助機関JICA(国際協力機構)の支援を受けて荒廃林の植林を村人といっしょに行っていた。
整地や植林に必要な資材費をJICAが負担する代わりに村人は労働力を提供し、その後も、植えた木の世話と森林の管理を村人の責任で続けていく。
木々がある程度大きくなったら、計画的に伐採して販売する。売り上げの一定部分を政府農林局が取り、残りは村人の収入になるという仕組みだ。
村人はその活動の管理運営のための委員会を作っていた。
和田は、例によって委員長を相手に「いつ植えたのか?」「樹種は何か?」「どんな作業を誰がしたのか?」などを事細かに尋ねていった。
委員長はそれに着実に答えていく。
互いに立ったままで30分近くも細かなやり取りが続き、私がじりじりし始めたころだった。

和田が尋ねた。「この木は何年後に売るのですか?」

委員長「15年から20年後くらいかな」

和田「誰が売るのですか?」

委員長「その頃は自分は老人だろうから、子どもたちだろうな」

和田「誰に売るのですか?」

委員長「えっ、JICAが買ってくれるんじゃなかったの」

この答えがでてきたところで、和田は、委員長に丁寧にお礼を言って、インタビューを打ち切った。周りで聞いていた私たち調査団の面々はもちろんのこと、同行したJICAのプロジェクト専門家やラオス政府の担当職員も委員長の発言に唖然とした。
村人に対しては、この活動の仕組みについて何度も何度も説明し、研修を重ね、着実に理解してもらっていたはずなのに、委員長にしてからが、将来、木材はJICAが販売を手伝ってくれるものだと信じ込んでいることが暴露された。
JICAからすれば、プロジェクトは数年で終わり、その後はラオス森林局がケアを続けるわけで、10年も15年も先のことに責任がもてるはずがない。
仮にできたとしても、そうする筋合いのことではない。
ところが村人は何から何までJICAがやってくれるものだと思っている、つまり強い依存心を持っていたわけだ。


私も随分多くのプロジェクトを見学させてもらったが、残念ながら、「住民参加型」を標榜していて、本当に住民にプロジェクトの説明をさせたのは、政府ODA、NGOの別なく、私の見た限り、このラオスでのJICAの森林プロジェクト以外一件もなかった。
NGOの人間としては、憮然として立ち尽くす、というところがないではない。


要するに、コミュニティーで「コミュニティー開発」をするという局面になると、政府ODAがろうがNGOだろが、同じ土俵で仕事をせざるを得ず、仕事の質の相違だけを問われることになる。
これには、多額の予算を使おうが少額の予算を使おうが、変わりない。
多額だろうが少額だろうが、今までみてきたように、よほど気を付けなければばらまきになる。
そして今のところ、このようなコミュニティー開発の現場レベルの技術で、私の見る限りNGOの方が優れているとはとても言えない状況である。

途上国の人々との話し方」p158~159



関西の大学生である私も学校のレポートでこれらの言葉を乱用していました。
「参加型コミュニティー開発で地域を活性化させよう!」という題材でしたが、まるでスーパーヒーローが村にやってきて、敵をちゃちゃっと倒して帰っていく…
残された村人たちはどう戦えばいいのかわからずまたスーパーヒーローに頼ってしまう。
そんな終わりが見えないプロジェクトを考えてレポートにしていました。
二度とこんな恥ずかしいレポートは書きたくないものです。



(ムラのミライ 関西事務所インターン 三谷遥来




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2017年1月3日火曜日

経験から学ぶことはできない、でも・・・

2016年夏、インドネシアの中央カリマンタン州にある村を訪れた私。
同地域で活動するNGO に関わっていることから、この村への訪問も8回目になる。
日本との往復を繰り返していると、現地の知り合いに「日本で○○を買ってきて〜!」と頼まれる機会がしばしばある。
今回は、そんなやり取りの中でファシリテーションを試みて撃沈したお話・・・だけではなく、その反省から生まれた学びを共有したい。


「お前さんに折り入って話したいことがあるんだ・・・」
と、真面目な表情で話しかけてくる村のおっちゃん。
「実はな、日本の腕時計が欲しいんだ。
○○や△△が持ってる様なやつ、軽くて丈夫で高すぎなくて良いんだよ、あれが。」

他の人にも何度も同じ事を頼まれてはかわしてきた私。
内心では、村の人たちは流行に流されているだけで、腕時計が「必要」なわけではないんじゃないかと疑っていた。
ここは一丁、おっちゃんに「別に必要じゃないんだけどな〜、みんな持ってるからワシも欲しくて(苦笑)」と認めさせてやろう!
そうすればもう面倒くさい頼まれ事をされることはなくなるかも、と意地悪(?)なことを考えつつ、質問をしてみた。


私「腕時計が必要って言うけど、おっちゃん携帯電話持ってなかったっけ?」

おっちゃん「持ってるよ。今は家に置いてきてるけど・・・」

私「持ってるけど今は携帯してないのね。で、腕時計は持ってないの?」

おっちゃん「これまでに何個か買ったことがあるけど、全部すぐ壊れたんだ。1ヶ月で壊れた物もあったよ」

私「それで最近、腕時計を持ってなくて困ったことってあったの?」

おっちゃん「そりゃあ、外にいるときに時間を知るのに必要じゃろ!」

私「最近、外にいたときに時間が分からなくて困ったことがあったの?」

おっちゃん「家の外にいたときに(イスラム教の)お祈りの時間が分からなくて困ったんだ。ワシの家は礼拝所の目の前だからいつも時間通りにお祈りに行くんじゃが、その時はちょっと遠くに出かけててな・・・」

私「その時、携帯電話は持ってたの?」

おっちゃん「持ってたけど時間が狂ってたんだよ」

私「うーん、まぁ理由は分からないでもないけど。ところで、○○さんみたいな腕時計が欲しいって言ってるけど、それってデジタル?アナログ?」

おっちゃん「実はな、デジタルってのは読みにくいんだよ。針があると一目見てパッと時刻が分かるけど、デジタルはどうもなぁ・・・」

私「へぇ〜、じゃあ買ってきて欲しいのは、針のついてる腕時計?」
おっちゃん「う〜ん、いやぁ、いいんだ!ワシが欲しいのは○○のと同じ時計なんだ!な、お願いじゃ、本当に必要なんだよ・・・」


さて、ここで色々とツッコミたくなる読者の方もいらっしゃるだろう。
私自身が振返りをする中で自分にツッコミたくなる一番のポイントは、「礼拝の時間が分からず困った」という発言に対して「で、どうしたの?」を聞かなかった点である。
(ファシリテーター諸先輩方には、「そこじゃなーい!」というさらなるツッコミをされてしまうのかもしれないけれど・・・(冷汗))


失敗談はともあれ、この記事を書きながら私が思い出す、ある言葉がある。

「人は、経験から学ぶことはできない。経験を分析することを通して学ぶことができる」
(『途上国の人々との話し方』でも紹介されている、ブラジルの教育家パウロ・フレイレの考え方)

「あ〜、また上手くいかなかったなぁ」では、どうにもならない。
経験を文字化して、「こうできたのかも」「こういう持って行き方もあったんだよな」と振り返ることで気づきが生まれる。
本当は上記のツッコミ以外にも気づいたことは何点かあるのだが、そのことは(もしリクエストがあれば)またの機会に書いてみたいと考えている。





(ムラのミライ 近藤美沙子)



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2016年12月27日火曜日

「みんな」は誰でもない

ネパールからナマステ!久々のブログ執筆です。

ムラのミライのインド事業を引っ張ってきたラマラジュさん、キョーコさんの名コンビ。
(そんな二人の活躍のようすは「よもやま通信」で!)

まずは、そんな二人がネパールオフィスのスタッフたちへのトレーニングをしたときの一場面をご紹介します。


*****
ソムニード・ネパールのディベンドラとウジャールが、事務所でこれまでのネパールでの活動をラマラジュさんとキョーコさんに説明していたときのことでした。
彼らのプレゼンをずっと黙って聞いていたラマラジュさんとキョーコさんですが、あるとき、「ちょっといいですか?」とキョーコさんが切り出しました。


キョーコさん:「「コミュニティ」って出てきていますが、これは何を指しているんですか?」

キョーコさんの質問の意図がわからなかったと思われるディベンドラ。

ディベンドラ:「資源を共有する一定のエリアに住んでいる人たちのことで…」(これは、コミュニティの「定義」)

キョーコさん:「いや、そうじゃなくて。ディベンドラさん、さっきからコミュニティ、コミュニティと言っているけど、そこには誰が住んでいるのかを知りたいんです。」

ディベンドラ:「えーと(としばし沈黙する)…DEWATS(分散型排水処理施設)を使っている人とか?」

キョーコさん:「ほかには?」

ウジャール:「デシェ村では、村の人たちはDEWATSの利用者という側面と、学校の保護者という側面があって…」

ラマラジュさん:「じゃあ、今出てきたデシェ村で考えてみましょう。どんな人が住んでますか?」


ここで、デシェ村を事例に、そこにどういう人が何人住んでいるのか、ディベンドラとウジャールがホワイトボードに書き出していきました。
そう、彼らは
「コミュニティの人たちと協力して、●●を実施しました。」
「コミュニティの人たちが主体になって…」
などと「コミュニティ」という言葉を多用してはいましたが、具体的な「誰か」を想定して話していたわけではなかったのです。
キョーコさんがツッコミをいれた「コミュニティ」という言葉、実体があるように見えて、まったくない言葉だったんですね。
*****


こんなふうに、ネパールで仕事をしていると、スタッフや村のオッチャン、オバチャンから
「みんな」「コミュニティ」「いつも」「ネパールの人は…」
という言葉をよく耳にします。
けれども、往々にしてこれらは実体のない言葉。
たとえば「みんなでやる」と言っても、その「みんな」に実体がない(=具体的に誰かが想定されていない)から、それは「誰も何もやらない」ということになりかねません。
そこによく効くのが事実質問!だと私は思っています。


つい最近、ネパールオフィスで一日に複数の研修やミーティングが入ったことがあります。
「みんなでやればいい」精神で、予定をどんどん入れてしまうネパールオフィスのスタッフたち。
その結果、ずらっと予定がならんでしまいましたが、スタッフの人数には限りがあります。
「こんなに予定が入って大丈夫なの?」と聞くと、
「みんなで動けばなんとかなるよ」と返されてしまうのですが、(明らかに何とかならへんやん…)という予定。


*****

私:「この研修は誰が行くの?」

ディベンドラ:「私が行きますよ」

私:「じゃあ、こっちのミーティングは誰?」

ウジャール:「ぼく」

私:「じゃあ、もう一つの研修は私が行かないといけないですかね。」

私:「研修で使う文房具を車で運ばないといけないですよね。時間が重なっているけれど、車はどう動いてもらうの?何時にオフィスに来てもらって、最初の研修場所へは何時に出発してもらう?その時に担当スタッフは乗っていく?」

ディベンドラ:「車は一台だけだから、トキエさん(筆者)が使っていいよ。研修の文房具だけドライバーにあとで運んでもらうから。」

私:「私(筆者)はネパール語でのコミュニケーションに難ありだから、私が行く研修には、だれかネパール人スタッフについてきてもらわないと。AさんもBさんもほかの用事で出るなら、誰についてきてもらえますか?」

ディベンドラ:「プリティかな」

私:「じゃあ、誰がオフィスに残って電話対応するの?」

ディベンドラ:「・・・じゃあ、マニーク・・・」

私:「この日に休暇をとるスタッフっていなかった?」

ディベンドラ:「あ、マニークは休暇をとる予定だった」
*****


と一つ一つ始業時間からの動きを確認していくと、無理のあることがわかってきました。
なんてことはない確認作業ですが、「みんな」でわかった気にならず、自分が「いつ」「だれが」「どこで」と具体的に想像できないことはきちんと確認するのが、事実質問の練習につながるだろうと、(よく玉砕しますが)日々オフィスのスタッフ相手に実践を試みています。
メタファシリテーションの実践というと「フィールドで実践!」というイメージが強いかもしれません。でも、こうした日々のオフィスでのやりとりでも、基本的な事実質問の練習になります。ぜひ!




(ネパールオフィス   田中十紀恵


註:ディベンドラ、ウジャール、プリティ、マニーク:ソムニード・ネパールのスタッフの名前




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2017年2月 インド研修のご案内

2016年12月20日火曜日

ある罠のハナシ

ブルンジ、イラク、フィリピン、スーダン、スリランカ、南スーダン、ウガンダ、ザンビア、これらの国から計12人が参加した「参加型コミュニティ開発」研修に、初めてコースリーダー(メイン・ファシリテーター)の役を仰せつかった6週間。

これは、JICA関西と関西NGO協議会の共催で開催された研修コースで、途上国からNGO職員や政府職員を招へいして、様々なスキルや知識を身に着けてもらう、というもの。
これまでは中田さんがコースリーダーを15年近く務められた、とても由緒ある研修コースでもあります。
なので、私がどれだけ緊張していたかは、ご想像の通り。


今回の12名は、NGO職員や公務員で役職も様々でしたが、村の人たちから上がってくる意見はおねだりが多い事や、それを突き返す方法も知っていたし、実践している人たちも多かったのです(そこにビックリ)。
ですが、メタ・ファシリテーションの基本事項である事実質問について室内研修をしていた時に、次のようなやり取りがありました。


私:「ため池が必要だ、作ろう、となった時に、どういう問いかけが考えられますか?」

研修員1:「どれだけの大きさで、どこに造るか?そして、それはどうやって算出したのか?」

私:「そういう質問を実際にした事はありますか?」

研修員2:「もちろん。そうしないと、村の人たちも思いつきで言うコトが多いですからね」

私:「へぇ、すでにこういう対話をしているとは、スゴイですね」

私:「ところで、収入向上が必要だ、と皆さんの内何人かも、手に職をつける研修を提供したり、収入向上事業をされたりしていますよね。では、収入を増やさなければ、と住民の人たちが何々の研修をしてほしい、と言ってきた時にはどういう風に話を進めていっているのですか?あるいは、どのように対応しますか?」

研修員3:「何の研修をいつ、どこでするのか?」

研修員4:「どこで何を売るのか?」

研修員5:「どういう職業に就くのか?」

私:「それらの話をする前提として、知っておかねばならないことがあるかと思うのですが」

そう言って、私は「収入向上」「収入が足りない」という言葉をホワイトボードに書きだしました。
すると、政府部局でNGOの活動や財政監査を職務とする、ある研修員が言いました。

研修員6:「How much?」

研修員6:「僕がよく使っている疑問詞だよ。何百ものNGOがいうんだよね、資金が足りないとか資金援助をしてくれって。だから聞くのさ、いくらあったら足りるの?って。その根拠は?って。そしたら答えないんだけど。ははは」

私:「収入が足りない、増やさなければ、と言っても、月に10ドル増やすのか、1千ドル増やすのかで、活動が全然違ってきますよね」

研修員7:「あと、それ(金額)が無ければ、収入が『向上』できたのかどうかもわからない」

私:「(にんまり)」


それなりに現場で実践してきた研修員たちも、やはり「収入向上事業」のひとつの罠にはまっていたのです。
この他にも、もちろん収入だけでなく支出のことなどにも触れましたが、モニタリングや評価にしても、基準や共通理解のないままに「多い」「少ない」を判断すると更に罠に落ちていくよ、ということにも気付いた研修員たちでした。




前川香子   事務局次長/海外事業部チーフ)


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2016年12月13日火曜日

厄介な「やらず嫌い虫」

初めまして、インターンの鳥居と申します。
社会人インターンとして、月2回ほどのスローペースで活動しています。

と言いつつも、インターン参画前含め通算5回はメタファシリテーション関連の講座に参加し、
『途上国の人々との話し方』も一通り読み、さすがに日常会話で事実質問を意識しない日はありません。(もちろん上手く使えているかは別として・・・)


ご存知の通りメタファシリテーションは、相手に気づきをもたらし、行動変化を促す手法です。
しかし、このブログの執筆にあたって「最近人に何か発見をもたらしたことはあったかな?」と振り返ったところ、
何と他ならぬ私自身の悪い癖を発見しまったのです。

それは、食わず嫌いならぬ「やらず嫌い」ということ。
何か行動を起こす前に、なんだかんだ理由をつけて諦めたり先延ばししたりしてしまうのです。

例1:(仕事中)「いくら新人だからって、こんな小さなことで質問したらダメだよね、自分で考えよう。」

例2:(家で)「このシャツ、シワだらけだけど、週末に数着まとめてアイロンかけたほうが効率的だよね。」

例3:(休日の前)「友だちとご飯に行きたいけど、今週はみんな疲れているだろうから誘うのはやめよう。」

ところが、事実質問をこんなふうに自分に投げかけてみると・・

例1:「些細なことを質問して、誰かに怒られたことはある?」
→ない。むしろこの前打ち合わせの後、「何でもいいから一個は質問するように」って先輩に言われたな・・。

例2:「まとめてアイロンがけするのと、一枚ずつ気づいた時にやるの、何分違うんだろう?」
→(きちんと測ったことはないけどおそらく)たった数分。むしろ出かける前にアイロンがかかったシャツがないことに気づいて、急いでかけて集合時間に遅れたことが・・・ 。

例3:「自分が疲れている時、ご飯に誘われて嫌な気持ちにことあったっけ?」
→(程度にもよるけれど)ない。
むしろ、この前友だちに誘われて行ったときはリフレッシュできてよかったな。


この私の癖、「やらず嫌い虫」の一番厄介なところは、
決して怠けたり面倒くさがったりしているつもりはなく、
ちょっと賢く振る舞いたいが故に発生しているということ。
「人に頼らずに自分で理解できる私、賢い!」
「効率的に家事ができる私、賢い!」
「人のためを思いやれる私、賢い!」
 ・・・などなど。

これからは、「やらず嫌い虫」を発見し次第直ちに事実質問を投げかけ、
思い当たることがなければ即行動に移すことで撃退しようと思います。




(ムラのミライ 関西事務所インターン  鳥居亜佑



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2016年12月6日火曜日

「留学どうだった?」「楽しかった!」本当に一言で表せられる?

こんにちは!ムラのミライ関西事務所インターンの吉﨑です。
朝晩の冷えこみが厳しくなりすっかり冬になってしまいました。
さて、今回はまだ「メタファシリテーションって何だろう……」と思っている方や
「いや、もうすでに知っているよ」という方にも私の体験談をぜひ共有したいと思います。

 
「カナダどうだった?」
1年間のカナダ高校留学から帰ってきた際、耳にタコができるくらい聞かれた質問です。
みなさんは何と返事をしますか?
私は「うーん、いろいろあったけど楽しかったよ。」などとテキトーに返事をしていました。
正直私の留学生活は、「毎日がワンダフル~♪」という訳でもなく、
むしろしんどかった時期の方が長かったくらいです。
しかし「どう(HOW)だった?」と聞かれると、
『辛いことも多かったけど、最後は笑って終われたし楽しいこともあったしなー。
てかそもそも一年を一言で言い表せへんなー。』と思うあまり、
結局「楽しかった。」というあいまいな返事になってしまうのです。
 
さて、これが普段のたわいもないおしゃべりなら問題はありません。(ちょっと相手が返事に困るくらいです。)
しかし、もしもこれが相手に何か問題が生じていてそれを解決しなければいけない…!というシチュエーションだったとしましょう。
その問題の本当の原因・解決策は何なのか、相手自身に気づかせる必要がありますよね。
これが「(対話型)メタファシリテーション」なのです。
なんだか難しそうだな…と思うかもしれませんが、方法はいたって簡単!
「いつも」や「どんな」「どう」「なぜ」、つまり相手の考えや思い込みを聞かずに事実のみをきいていきます。
なので、もしこの方法を使って当時の私と対話をしていたら、
 
『カナダでは誰と一緒に住んでたの?』
「ホストママと1歳下のホスト、留学生の韓国人の女の子、あと犬と猫2匹だよ。」
『へえー。カナダの家族って大家族をイメージしてたけど、二人だったんだね。ホストファミリーとはどこかに旅行で出かけたりした?』
「うん、留学当初にホストママのおばさんの別荘にみんなで遊びに行ったよ。けどそれ以外は行っていないやー、泊りがけでチアの大会に出に行ったけど…」
 
…というように話が進んでいき、そのチアの大会宿泊直後にホストママと大喧嘩をしたことやそれが原因で悩んでいた時に学校の友達に救われたこと等事実が出てきていたでしょう。
しかし「どうだった?」の一言ではこんな事実にはたどり着けないと思います。

 
もっと当時のことをだらだらと書きたい気持ちもありますが、
『メタファシリテーションブログ』なので今回はここらへんでやめておきたいと思います。(笑)
帰国時の私は、ほかの友達と自分を比べて自分の1年が失敗したように感じていました。
しかし今回この内容を記事にするべく、自分自身にメタファシリテーション(事実質問)をしたところ、当時の自分は精一杯頑張っていたし失敗じゃなかったのではないかと思えるようになりました。
長くなりましたが、今回はこの辺で終わりにします。
最後まで読んでくださりありがとうございました。





(ムラのミライ 関西事務所インターン  吉崎日菜子



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